資本主義では、消費者がマーケティングに左右されて、消費の選択を行います。消費者は、自由意志を持って消費活動を行います。自分がお金を「消費」することは、誰かにお金が渡ることを意味しています。
消費に対して慎重になる
自分が誰にお金を支払いたいかを考える必要があります。
消費力を持たない消費者
消費者の市場においては、消費力を持たない消費者は無視されることになります。
本気で旅する男のブログ
資本主義では、消費者がマーケティングに左右されて、消費の選択を行います。消費者は、自由意志を持って消費活動を行います。自分がお金を「消費」することは、誰かにお金が渡ることを意味しています。
自分が誰にお金を支払いたいかを考える必要があります。
消費者の市場においては、消費力を持たない消費者は無視されることになります。
北海道のニシン漁業は、1870年頃~1950年頃まで北海道の経済を支えるほど活況でした。最盛期には、100万トンを超える漁獲量があり、ニシンの漁業権を持っていた人は、100人以上の働き手を抱えて、ニシン御殿を構えていました。
ニシン御殿は、石狩の沖合いにある焼尻島にもあります。1900年に建てられたニシン御殿は、旧小納家住宅(羽幌町)として一般公開されています。
戦後、北海道におけるニシンの資源は枯渇して、ほとんど漁獲量がゼロになりました。最近では2000年頃から漁獲量の回復傾向がありますが、それでもニシン漁獲量は1万トン以下です。
経済成長を優先して、そこに時間を使うことは、人間の時間を奪うことにも繫がります。人間の時間を奪うことは、「人間による再生産」を不可能にしてしまいます。そして、少子・高齢化が加速して、人口減少を起こしてしまいます。
少子高齢化により、日本の過疎化が進行して、多くの過疎地で空き家問題が深刻化していくことになります。特に北海道は、大自然に帰っていこうとしています。
ライズにサイドブレーキカバー付けてみた動画です。サイドブレーキのカバーを取り付けるだけで、トヨタライズが格好良くなります。自分なりの簡単なアレンジは、車を魅力的なものにしますね。
コロナ下の東京で「緊急事態宣言」が出されていることもあり、外国人観光客が全くこないこともあって、東京のホテルが閑散としています。多くの東京1等地にあるビジネスホテルでは、シングル1泊3000円ぐらいで出しています。1ヵ月ほど滞在しても9万円にしかなりません。
東京都市部で賃貸物件の空室も上昇傾向にあります。東京都心部のホテル価格が下落していることで、短期滞在のサラリーマンなどは、マンスリーマンションなどを賃貸するより、ホテルに住んだ方が安い状況になってきています。
不動産投資は、お金があれば誰でもできるビジネス(手元にお金がなければ借り入れることで購入することは可能)なので、サラリーマンでも比較的始めやすい副業と言えるでしょう。しかし、簡単に初めてしまうと、後から痛い目にあう人も多いビジネスでもあります。そもそも、そんなに儲かるビジネスモデルが個人に簡単に降ってくる訳がないのです。
安い物件には、必ず安いなりの理由があります。
・物件自体に傾きがある
・築年数が経ちすぎて改修に時間がかかりすぎる
・毎月の管理・積立金が高額である
安井物件は、修繕が必要な場合が多いので、多額のリフォーム費用がかかることになります。
極端に安い物件になると、ババ抜きゲームになります。特に物件に価値が全くないにもかかわらず、維持・管理費が高い物件は、負債要素が極めて強い不動産になります。
個人の不動産投資家は、自分の人生と財産をかけたババ抜き大会を行っています。ババ物件は、特別なものではなくて、本当にありふれたものです。
基本的には、別荘物件は実用性に乏しく、「長期の移住」でも考えない限りは、購入をやめておいた方がいいでしょう。「別荘を保有している」という自慢することはできますが、実際に利用を続けることは大変で、必要な時にホテルを利用した方が安上がりになることが多いです。
不動産投資では、基本的に客付けを不動産屋さんを通して行うことになります。不動産屋さんに支払う広告量・手数料などの金額は、長期になるほど無視できない金額になります。
不動産の投資で大損しないためには、「自分が住めるところに不動産をもつこと」です。
車を保有しないことで、年間30万円以上のコストが削減することができます。これを株式投資にあてた場合、10年で300万円となり、5%のリターンを期待すれば、年間15万円も得ることができるようになります。
車を保有しないことのデメリットは、運転が上手くならないことです。レンタカー&シェアカーでは、過去に自分の車で運転していた人でないと、上手に運転することが難しいでしょう。そのため、シェアカーの自損事故が多くなっています。
会社員が副業で稼げない理由は、単純に「そんなことをする時間がないから」です。会社員は、週休2日であったとしても、休みの日の2日間は、自分の好きなことをしたり、友達とでかけたりしないと、気分を休めることはできないでしょう。
会社員であれば、平日は会社に出勤して、帰宅するような生活をしていると、夜に体を休める時間が必要であり、週末の休日以外に「まとまった時間」を取る余裕はないでしょう。
人間らしい生活を過ごすためには、週末に「友達と交流」したり、平日はできないような部屋の掃除・洗濯を行って身辺を整理する必要もあります。そして、まとまった休日に遊びにもでないで副業を行うことはできないのです。
副業で簡単に稼げるのであれば、誰もが副業を一生懸命にやることでしょう。副業で簡単に稼げないのは、一定の技術スキルであったり、時間を使うことが求められるからです。インターネットの副業は、マーケティング、フォロワーの獲得なども必要になります。
副業をしてすぐに儲かるぐらいであれば、誰もが本業をしないで副業を懸命にやって稼ごうと思うことでしょう。そうならないのは、副業で簡単に稼ぐことができないからです。
副業では、自分が本業でできないことにチャレンジすることができます。新しいことにチャレンジすることで、自分の世界を広げて、生きるための沢山の知識を学ぶことができるようになります。
副業には、稼ぐというだけではなくて、自分を表現したり、将来を考えたりできるというメリットも存在しています。
地方に移住することは、全く甘いことではありません。
地方に移住すること、それ自体は難しいことではありませんが、実際に行うと後から大変に苦労をすることになります。都市部ほど人間が激しい競争をしているので、そのためにやはり多くの事を学ぶ機会も多いのです。地方では、学びの機会も限定されて、時代から取り残されるリスクが高くなります。
競争から身を離して、それで自分で向上する方向性を決めていくのは、それほど簡単なことではありません。
文明の発達というものは、ほとんど都会にあります。それが「田舎に移住すると厳しいと感じる」最大の理由になります。
地方に移住した場合には、新しい体験をすることが難しくなるので、新しい経験をすることができなくなってしまいます。そうすると、「何かを新しく学習する」ということができなくなってしまいます。都会では、お金を支払えばできる「体験」が多いですが、田舎でできる体験は「自然体験」が多くなります。
田舎にいても、インターネットを通じて様々な情報を得ることはできますが、自分が都会でできる「体験」を簡単に得ることはできません。新しい体験は自分を成長させることができますが、新しい体験ができないと自分を成長させることができません。
多くの地方移住者は、「田舎暮らしの現実」というものを理解していません。田舎に移住した人の多くは、田舎暮らしの現実を知るにつれて、田舎を離れたいと思うようになります。
田舎の給料は、ほとんど「発展途上国なみに低い」と考えて良いでしょう。手取りが12万円というのも「ごく当たり前のこと」です。正社員よりも、アルバイトをした方が稼げるという人もいるぐらいの給料水準になります。
田舎で求人を出しても、あまりに安い給料なので応募がまったくないということも良くあります。
日本の田舎で英語がペラペラ話せたとしても、そもそも田舎には「英語の需要」がないので、英語がペラペラと話せる能力を活かすことができません。良い人材を確保したいのであれば、先に「需要」を生み出す必要があり、需要がないところに良い人材がきてくれることはありません。
田舎において「多様な価値観」など理解されません。理解されるのは、その田舎で多くの人が信じ込んでいる考え方です。田舎では、テレビ・新聞の影響も無視できません。田舎では、10年、20年前の考え方がそのままで、古い考え方を押し通そうとする高齢者で溢れています。
田舎にいると、限られた人と交流するので、自分でも気がつかないうちに価値観が固定されてしまうのです。
自分の過去ばかりを語るようになるのは、今が充実していない証拠であるとも言えるでしょう。語ることは、現在進行形の「今」であるべきです。
田舎暮らしでは、どうしても「ネタ切れ」を起こしてしまうのです。ネタ切れは、過去の話題ばかりを語ることになり、現状であったり、未来をかたることができなくなってしまいます。
地方であっても都会と同じことは、「金がないと何もできない」という現実です。
娯楽という娯楽が何もないので、テレビを見たりするなど、メディアに接する時間が増えてしまいます。その結果、メディアに洗脳されてしまうことになるのです。
都会には、地方にはないほど多数の選択があります。田舎に比較すると、娯楽施設、レストラン、シェアカーの利用、雇用の受け皿など、自分が生きる上での選択肢が沢山あります。
お金をかけない生活の究極は、自給自足の生活になりますが、自給自足の生活が難しいとあって、キャンプ場の生活のようにすると、余計に金がかかるようになってしまうことになります。
野菜を自家栽培することは、それだけで野菜にかかるお金を大幅に節約できるという点で優れています。
健康的な生活には、とにかくお金がかかります。カロリーだけを摂取するということであれば、それこそカップ麺を食べるせいかつをすればいいことになりますが、それでは自分が不健康になることは間違いありません。
貧乏であることは、それだけ効率の悪い働き方を強いられることになってしまいます。
銀行の手数料は、金持ちほど優遇されるようになっていて、貧乏であれば大きな手数料がかかります。
貧乏である人は、学びに使う時間・お金がないという特徴があります。そのために、貧乏である人は、経験値が上がらず、社会の流れに取り残されてしまう可能性があります。
貧乏な状態から抜け出せなくなってしまいます。余力を作り出すためには、もはや現在の生活を見直すしか方法はなくなります。
お金がないと、必然的に移動が制限されることになります。そうすると、自分のスキルを伸ばすことも難しくなります。
時間をどこに使うかということ、お金をどこに使うかという事は、自分の人生を決めていくことでもあります。
1日8時間労働をした場合には、平日の自由時間というのは、本当に限られた時間になってしまいます。1日8時間労働が定着している背景には、8時間の労働、8時間の自由時間、8時間の睡眠時間という考え方があるからです。実際には、8時間の労働で1時間の休憩を取ると9時間になり、さらに通勤時間1時間を取ると10時間になるので、労働時間は10時間になります。
多くの企業では、住宅補助のような福利厚生を削減しています。住宅の費用を自分の労働力から出していたのでは、いくらお金があっても余裕をもつことができません。
人類の富は、通貨から時間の奪い合いに移行しつつあります。誰もが生きている時間というものが有限であるので、そこに価値が生じるのです。
多くの人は、本当に面白くない仕事を「お金を稼ぐため」に行ったりします。つまらない仕事の多くは、本当に単純作業なので、それはロボット機械化で代替できるものになってしまいます。その仕事は、なくならないかもしれませんが、賃金はどんどん低下していきます。
レジを打つ販売員の仕事は、機械化できるものなので、販売員の給料は安く設定されています。それでも販売員が存在する理由は、単純に機械化するよりも安いからという理由です。そのような仕事は、時代が流れると、さらに時給が下がるプレッシャーにさらされることになります。
グローバル化とは、つまらない仕事では、生活に耐えうる賃金を得られなくなることを意味しているのです。かつての昭和の日本のように単純作業を普通にやっていれば、年収500万円という時代ではないのです。
自分なりに競争力を身に着けるためには、「とにかく自分の経験を増やすこと」につきます。ただ単に単純作業をこなしているだけでは、自分の世界が広がらないばかりではなくて、自分の競争力が全くない人間になってしまうのです。自分で努力して経験値をあげないと、誰かのレールに乗っているだけだとどんどん貧しくなってしまうのです。
自分の足で動き回って、情報を集める事が大事です。インターネットで情報検索して情報を集めるのではなくて、実際に自分が動き回って情報を集めないと、自分で考えられるようにはなりません。
自分の自由な生活を考えるのであれば、多くの人は、長期の安定した雇用を選ばなくなるでしょう。
雇用を維持していくためには、サービスを高級化することで、そのサービス価格を維持していく必要があります。例えば、お客様に対する接客の態度を改善したり、設備を新しいものにしたりする必要があります。
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